2014年9月8日月曜日

励ます言葉


相方が落ち込んでいる時
励まして、元気づけたりしたくなっている自分がいた。

彼から出た、「どうしよう」という言葉に
何気なく、励ますような言葉を返して
そのままその時間は、過ぎていった。
彼はそこから言葉を発しなかった。


それにも気づかず、何も話さないな−なんて思って、なぜ?と尋ねてみたら
彼から出た言葉は、
「さっき話そうとしたけど、聞いてもらえなかった」
という一言だった。


そのことで気づいた。

わたしが発した励ます言葉は、
一見すると、彼のためかのようであるけれど、そうではなかったんだーと。
事実、彼はその言葉で、聞いてもらってない感じを受けた。
なぜわたしはその励ます言葉を返したんだろう。

それは、
彼の「どうしよう」という言葉を受け止めきれなかったからだと思う。
その「どうしよう」という感じを、一緒に味わうのはちょっときついから
わたしは、なんとか、それ以上沈まないように、励ます言葉を返したのだ。
(その時にこんな風に考えて言葉を出したわけではないけど、今思い返すとそう言葉にできる)

そして、彼に言葉を飲み込ませておいて
何も話さないということを彼が選んでそうしたかのように見ていたわたし。

これって、すごい自分勝手なことしてるなと思った。


わたしに出来たことは、
「どうしよう」を一緒に味わうことだったのだと思うし
もう少しその中身を聞いていくことだったのだと思う。
彼の「どうしよう」は、わたしが思う「どうしよう」とは、
違ったところにあるのかもしれないのだから。

そして、そもそも、励ましたり、元気づけたりすることって
こちらから発っしてできるものではないのかもしれない。

そうしたくなる気持ちは気持ちとして持っておきながら、
じっくりその感じにつきあって、同じ景色を見て、その感じを味わう。
そうしたら、勝手にその人は、元気にもなるし、次へ向かいはじめるのだと思う。

次への向かい方なんて、その人にしかわからないわけだしなー。

何気なく発した言葉から、自分の中の動きを見つめることになった昨日の出来事でした。


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