掃除をしているとき
料理をつくっているとき
仕事をしているとき
何かにとらわれた自分のままで
それらに取り掛かると
それらは、面倒くさいものになっていたり
集中できなくなったりしている。
宿泊の円坐に参加していた時のこと。
円坐が始まる前に、
部屋をきれいにしたいと思い掃き掃除をする。
箒木の柄から伝わる感触や、
集まるゴミを見つめる。
掃くという行為に没頭している自分がいた。
同じように、
ごはん部で料理を作っている時、
もうその時間にやることは、
”料理を作ること“だけなので、
料理に没頭している自分がいる。
その時間は心地よい。
一方で、日常生活の中で
掃除をするとき、料理をするとき、
次はあれもやらなきゃこれもやらなきゃと思っていたり、
そのちょっと前にあった出来事を考えていたり、
そんなことをしている。
だから目の前の行為を
やっているのだけれど、見ていない。
だから、ちょっといいかげんになったり
早く済ませようとして失敗したりすることが多い。
何かにとらわれていると
目の前にあるものがおろそかになる。
だからと言って、とらわれているもの
それ自体をなんとかしなければと思うと窮屈になる
「ああ、あるなぁ」と気づくだけでいいのかもしれない。
そうしたら、
掃除でも、料理でも、その行為一つ一つに
手をかけ、目をかけ、心をかける
そんなふうになっていくのかもしれない。
「ああ、あるなぁ」と気づくだけでいいのかもしれない。
そうしたら、
掃除でも、料理でも、その行為一つ一つに
手をかけ、目をかけ、心をかける
そんなふうになっていくのかもしれない。
0 件のコメント:
コメントを投稿